【考察】『GTA 5』のトレバーはRockstarのアンチに中指を立てた:ゲームプレイとストーリーの調和による説得力

クリーンになるどころか逆を行き、そして勝利したRockstar。『GTA3』の主人公(クロードと呼ばれる寡黙な殺人代行者)が私たちの心を掴んで以来、Rockstarが描いてきた個性的で豊かな主人公たちは、誰もが象徴的な存在となってきた。だが、彼らの最高傑作であり、最も破壊的で素晴らしいキャラクターが一人いる。 まあ、当然ニコ・ベリックのことだ。 しかし、Rockstarの真の偉業は、彼らのもう一人の最高傑作がまったく「反体制的」ではない点にある。それどころか、彼こそが「ミスターGTA」であり、あなたやあなたの母親がこのシリーズに対して抱くイメージそのものを、一人の痛快で卑劣なサイコパスとして具現化した存在なのだ。 筋金入りの危険人物。店で普通に買えるライターを所持 トレバー・フィリップスが生み出された理由のひとつは、2000年代後半にメディアの連中がこぞって「ルドナラティブ・ディソナンス(ゲームプレイとストーリーの不一致)」と呼ぶのを好んだ難問を解決するためだった。オープンワールドでのプレイヤーの行動と、作中におけるキャラクターの動機が噛み合わないという、この手のゲームによくある現象のことだ。 この現象が最も滑稽な領域に達したのが『GTA 4』だ。Tinderのプロフィールに「戦争は嫌いだ」と書きそうな男が、LCPD(リバティー市警)やハト、通行人、ホットドッグ屋、その他あらゆる者に対して際限のない戦争を仕掛けていたのだから。もちろん、コントローラーを握る人間次第ではあるが。要するに、ニコ・ベリックにも、CJにも、アーサー・モーガンにも2つの顔が存在する。脚本家によって語られるキャラクターと、プレイヤーの代理としてのみ存在するアバターだ。基本的には、現実逃避の名のもとに残虐行為を働くための入れ物である。 『GTA 5』のトレバー・フィリップスは、まさにそうしたプレイヤー像を体現する存在として理解されている。しかし、彼は単なる入れ物ではない。あの世界に現れた「プレイヤーそのもの」と言ってもいい。ユーザーの親善大使だ。あらゆるプレイフォーマットと過剰な性欲を掛け合わせ、あなたの弟がGTAを遊ぶ時の様子――すなわち、目的もなくただ混乱を引き起こすだけのプレイスタイルを想起させるように設計されている。そして「もしあの典型的なGTAプレイヤーに物語上の主導権を与えたらどうなるか」を検証した存在なのだ。

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